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情報委員会

「リアル」を意識

情報委員会は協会発足時から、「人は情報」「発信なくして受信はない」をキーワードに、現在のエリアネットワーク体制に移行するまでの9年間、ユニークな活動を展開しました。その間の活動を振り返ると、人・モノ・場の相互関係を深める要素として「リアル」を意識しました。その後ネット環境の進展等により、協会の活動スタイルや情報受発信のあり方に変化が生じてきましたが、草創期に培われた、会員が情報発信の担い手となる「VMD協会スタイル」を受け継ぎ、新たな環境のもとで発展させていきたいものです。

情報委員会の役割とは

情報委員会は1987年4月18日開催の第1回理事会で設置され、その役割として、①コミュニケーション誌の発行、②異業種交流、③国際交流、の3点を活動の柱としました。中でも会員が持つ多様で豊富な情報を積極的に社会に発信することによって、協会の社会的認知拡大を図ることを意図しました。そのために、情報委員会の役割のひとつに広報活動を位置付けました。

情報と情報活動のコンセプトは

①情報は分かち合うもの(情報の共有)との考え方に立脚する。
②情報は、単一の伝達手段に限定することなく、多様なメディアを駆使し、立体的かつ複合的に展開することにより効果を発揮する。
③VMDは情報伝達活動であることから、会員自らが主体的に参加する活動である。
④会員は情報の受信者である前に、発信者であり編集者であること。

コミュニケーション誌の概要

コミュニケーション誌はそのタイトルを「受信発信」とし、1988年12月発行の1号を皮切りに、1996年まで冊子形式で、年に1~2回発行されました。その内容は、会員が発言、執筆した掲載記事のコピーをファイルし冊子化しました。3号からは、セッションのレポートを編集内容に加えました。また業界紙に対してパブリシティを要請、連載企画等を提案し実現させました(詳細は広報の項を参照)。その結果、コミュニケーション誌の内容はより豊かなものとなり、4号では専門誌を中心に掲載された152の情報がファイルされました。また国際交流の一環として「国際情報」を1995年5月までに86号発行しました。

チーム編成を図る

1991年1月以降、情報活動の多面的展開と会員の活動参加を促進するため、A~Fの6つのチームに分け、それぞれ独自の企画を立案、活動の活性化を図りました。

情報の受信・発信・交流の場としてユニークなテーマのセッションを開催

セッションのコンセプトは

①国際交流や海外情報等、一見異なる要素との関係性を紐解くことにより、独自性を浮き彫りにする。
②人は情報をキーワードに、リアルな体験や肉声にフォーカスをあてる。
③時代感覚に即したテーマを掲げ、空間にリアリティをもたらす。
④場のもつ臨場感を重視し、人を惹きつける空間イメージを創出する。 

情報委員会が企画運営した主な研究会・セッション(連絡事務所発の文書より引用)

1987.6.28 第1回研究会 人と情報 ゲストは砂山健氏(流行通信社 XMEN編集長)会場は六本木ハートランド
1987.12.10 「大竹伸朗」展 佐賀町エキジビットスペースの会場で、
アーチストとプロデューサーの小池一子氏を囲むトークショー。参加者:50名
1988.3.24 「とっておきのスライド」。5人で50分。
「ワールドストア88」。現地取材20分。
会場:麻布区民センター和室
1989.1.17 ニューヨーク在住のアーチスト イライ・エリゼ氏をゲストに迎え、
自らが歩んできた道やアーチストとしての生き方、考え方を、レゲエサウンドをバックにトーク。
会場:北青山 I.F.I B1 スペース68 参加者:35名
1988.9.10 セッション “私流ニューヨーク・東京二都物語”
ニューヨーク情報誌「プロント」の編集者布谷総合研究所主任研究員の吉田壽男氏を中心に、会員によるセッション。
会場:日比谷シティ NEC C&Cプラザホール 参加者:45名
1989.7.27 セッション “井上富士男とその仕事” 
1988年2月7日に54歳の生涯を閉じられた協会副理事長であった井上富士男さんを偲ぶセッション。
西武百貨店のVMDと井上富士男。初期の仕事、円熟期の仕事。VMDとクリエーター、VMDとディレクター。
会場:北青山 I.F.I B1 スペース68 参加者:70名
1990.6.23 「百貨店」をテーマに参加者全員がひとり5分程度自分の考えを発信。
5時間に及ぶセッションを開催。
会場:北青山 I.F.I B1 スペース68 参加者:30名
1991.1.19 早春パーティ テーマ「旅」 1990年暮れに海外に行った会員によるスライド紹介。
3か国のワインとオードブルを準備。
会場:北青山 I.F.I B1 スペース68 参加者:100名
1991.2.16 Aチーム例会:アーチスト タナカノリユキ氏をゲストに迎え、氏の独特の世界観に触れる。
参加者:50名
1991.4.13 Bチーム例会:テーマ「数時間だけオープンするギャラリー」5人のアーチストの作品展示。
会場:青山カフェトクコ
1991.5.17 スプリングパーティ テーマ「緑」照明を含む会場全体を補色関係にある赤で演出。
参加者:120名 会場:青山ベルコモンズ11階
1991.7.13 Eチーム例会:テーマ「テーマパーク」海外及び長崎オランダ村の経験を披露。
会場:青山カフェトクコB1 レナウンプレスルーム
1992.4.25 テーマ「空間と香り」講師:中村祥二氏(資生堂香料研究部長)
会場:乃木坂アートホール 参加者:63名
1993.3.12 もてなしのVMD「元気が出て為になるセッション」
 特別ステージ・パフォーマンス①浅草・ヤキソバ染太郎 嶋本仁彦氏
 特別ステージ・パフォーマンス②レジャー産業 ピーアーク 住吉博氏 鶴田和久氏 パチンコの業態開拓
会場:東京ガス「銀座ポケットパーク」 参加者:68名
1992.7.31 セッション「日本縦断ビジュアル最前線」
情報委員会に属する会員により取材された国内11拠点の現況映写とパリ、ニューヨークの
VMDシーンをスライドとコメントで紹介。
会場:青山メトロ会館 参加者:59名
1993.12.18 セッション「全国縦断 クリスマス速報とトークセッション」
全国主要都市とパリ、ミラノ、ニューヨーク、ロンドンのクリスマスディスプレイをスライドとトークによりリアルタイムで紹介。
会場:乃木坂アートホール 参加者:79名
1994.12.17 セッション「‘94ビジュアル最前線」
第一部 全国主要都市のクリスマスと世界の情報、スライド映写。
第二部 特別企画「恵比寿ガーデンプレイスのVMD戦略」
第三部 上原寛一郎氏取材の100枚のスライドによるヨーロッパ注目都市とニューヨークのクリスマスシーンのリアルタイムレポート
会場:原宿アドヴァンビル6階ホール 参加者:124名
1995.12.16 セッション「‘95 ビジュアル最前線」
PART-1  日本縦断クリスマスのシーンをスライド映写。
PART-2 「西武百貨店渋谷店のVMD」
PART-3  上原寛一郎氏取材のパリ、アメリカ横断クリスマスシーンのリアルタイムレポート。
会場:早稲田情報ビジネス専門学校60年ホール 参加者:126名
※この年のビジュアル最前線は九州でも開催され、株式会社京屋を会場に29名が参集しました。
1996.12.14 「’96ビジュアル最前線」は情報委員会の解消によりセッション実行委員会の担当となりました。

情報委員会時代の9年間を振り返って

協会発足から9年間を振り返ってみてわかることは、情報委員会も他の委員会同様に、実に活発に相違的な活動を展開しました。VMDを単なる技術論に矮小化せず、広い視点からVMDとの関連を紐解いたことは、協会員の知的好奇心と向上心に応える大きな役割を果たしました。この9年間の経済情勢は、最中にあったバブル期と崩壊の過程でした。人と人、人と場、人とモノの直接的な関係から生まれる要素が情報と考え、様々な試行錯誤を重ねながら、独自性の確立をモットーとするVMDに有効な情報活動を展開しました。しかしグローバリズムの浸透やネット社会の進展により、人と人、人と場、人とモノの関係に変化が生じ、情報活動のあり方にも変化が生じました。何よりの証明は、協会20周年記念の記録は冊子でしたが、10年を経た今日、30周年記念の記録は、このようにウエブ上に表されています。しかし変化する時代と共に、情報受発信の手法は変わっても「人は情報」の観点に些かの変化もありません。むしろこのような時代になればなるほど「血の通った情報」が重要と考えます。その意味で情報委員会時代の9年間の活動から学び生かせることは豊富だと確信します。

(藤井秀雪)